2月1日の「ヒジャブの日」を振り返る
さる2月1日は「ヒジャブの日」でした。それとは別に、9月4日も「ヒジャブの日」だそうです。近年誰が祝っているかどうか知りませんが……
「2月1日のヒジャブの日について何か語ろう……」と思っていたらこんな日になってしまいました。生活を回すのに必死で、そんな暇などないんですね。
実は、私がヒジャブのような頭髪を覆い隠す頭巾やヴェールを愛でる理由として、ヒジャブを「妖しく魅力的な衣服」として見ていたということを思い出したんですよね。
そこで、過去のブログでこの「妖しく魅力的な衣服」について触れていたことをいくつか再掲します。
その1
私は小学生のとき、学研の「ひみつシリーズ」の「世界の国ぐに びっくり旅行」の見返しに掲載されている「その衣服」を知りました。当時はまだ「ブルカ」「チャドル」といった名前や、「その衣服」が発展した背景であるイスラム教やそれ以前の中東の社会状況などについては知らず、単に「妖しく魅力的な衣服」として捉えていました。それは、情報が湯水のように流れる現在でも変わりません。
ブルカ、チャドルに限らずヒジャブ、ニカブなどを着用する人(女性)たちは、「イスラム教徒であることを示す」「頭髪や顔を隠して慎みを表す」ことを理由としてあげているのは事実です。私も彼ら(彼女たち)に考え方を変えろというつもりは毛頭ありません。一方で、それらの衣服が「美しい」から着用するという人も実際にいます。「頭髪や顔を隠す」衣服である一方で「頭髪や顔の代わりに飾る」衣装でもあります。まさに「妖しく魅力的な衣服」です。
その2
私が「ヴェールや頭巾を愛でる」ことは、一般的に「萌え」などの対象になる「コスチューム」などを愛でることと同じです。
また、(中略)特定の思想や信条と強く結びつけられて扱われることに個人的には反対です。私は「修道服」、特にそのヴェールも愛でるとはいえ、一般人が着けるヴェール、頭巾については基本的にはその考えです。
妖しく魅力的な衣服です。


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